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元パチンコ店員のおもひで

パチンコ店で働く、就職を目指す人の参考にしてほしいブログです

東日本大震災から一ヶ月後の4月11日にも、震度6の地震が襲った話

その他

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(※この記事は2016年12月5日に更新しました)

みなさんこんにちは。
当ブログ運営者のYoshikiです。

◆目次◆

3月11日と4月11日

東日本大震災に関して、こんな記事をアップしました。

本日は、あの東日本大震災から4年が経過した日です。

僕は当時、特に被害が深刻だった街にいました。
今回は、その時の体験を綴った記事になります。

よかったらお付き合いください。

東日本大震災から一ヶ月

3月11日の地震はもちろん大きかったです。
被害も甚大で、世界レベルでも五本の指に入る大きさだったと言います。

しかし、その一ヶ月後にも「大きな地震」が福島県では発生していたことは、正直あまり知られていないと思います。

あの日も大変でした…。 

福島県浜通り地震

当時、僕は福島県の太平洋側にあるパチンコ店で働いていました。

3月11日の地震の影響により、一時閉店を余儀なくされたお店でしたが、その後4月から営業再開を無事にすることができ、みんなホッとしていました。

僕も避難していた新潟市からその街へ戻り、震災前と同じように働き始めました。

しかし、東日本大震災から一ヶ月後の4月11日。
再度、福島県を[「大地震」が襲いました。

それが「福島県浜通り地震」でした。

※福島県浜通り地震とは

福島県浜通りの北緯36度56分42秒、東経140度40分18秒、深さ約6kmを震源とする地震。

規模は気象庁マグニチュードはMj7.0、モーメントマグニチュードはUSGSではMw6.6、CMT解からはMw6.6あるいはMw6.7[3]と推定されている。

近地強震波形による震源過程解析ではMw6.8の推定値もある。

福島県浜通り、同県中通り、茨城県南部で最大震度6弱を観測した。

この地震は、福島県の太平洋側沿岸部を震源地とするものでした。
これよって、福島県いわき市と茨城県鉾田市で震度6弱を観測しました。

3月11日の地震の震源地は宮城県沿岸部でしたが、今回は福島県の近く。
しかも、またもや震度6クラスと大きな地震でした…。

この地震が起きた時も、僕はパチンコ店で働いている最中でした。
正直言って「またかよ…!」という気持ちになりましたね。

マグニチュードや震度の大きさは東日本大震災ほどではなかったものの、
ある意味3月11日より困った事態が起きてしまいました。

それは何かというと、

電気が使えなくなった

ということでした。

東日本大震災の記事にも書いてありますが、3月11日は水道とガスは死にましたが、奇跡的に電気が生きていました。

しかし、今回の地震では「電気までもが使えなくなる」という、最悪の事態に陥ってしまいました。

電気が使えなくなるというのは、もう1つ大きな問題があります。

それは、 

パチンコ台がすべて動かなくなる

ということです。

3月11日はパチンコ台自体は動いていました。
なので、パチンコが打てないというクレームは、ほとんどありませんでした。

しかし、今回は台が動かない。
交換したい人も、ジェットカウンターが使えない。

この部分で、3月11日よりも苦しい状況になっていたのです。
時間が経つにつれて大きくなっていくクレーム。

しかし、電源は復旧しない。

店舗には「地震は天災なので、補償はできない」と明記があります。

しかし、それを説明して収拾がつくお客さんばかりだったら、どれだけ楽だっただろうか…。僕はまだパチンコ業界で働いていたかもしれません。

もちろん大なり小なりのお金を使っているわけですから、クレームになるのはしょうがないことなのかもしれませんが…。

ただし、クレームの内容というのが、

「いつ復旧するんだ!」←分かる
「もう交換して帰らせろ!」←まあ分かる
「今まで使った金を返せ!」←は? 

という、たまによく分からないクレームも入っていました。

こういった押し問答を小一時間ほど繰り返しているうちに、なんとか電源は復旧。
揉めていた場は、何とか収まりました。

また避難しなくてはいけないのか?

翌日の4月12日。

昨夜は何とか収拾がつき、今回は店の天井が落ちるとか設備にヒビが入るなどの被害はありませんでした。しかし、断水している今の状況では、トイレが使えません。

「店は通常どおり営業しています!ただしトイレはありません!!」

とするわけには、さすがに行きません。
というわけで、この日は店を休みにして、店長たちが

「再度新潟へ避難するか否か?」

という相談を、本部と行っていました。

僕は正直、

「また避難するのかよ…だるいな」

と思っていましたが、12日の午後2時ごろに水とガスが復旧し、再度新潟に行くという話はなくなりました。

こういう災害時に、ライフラインを直してくれる人々がいる。
というのは、とてもありがたく思えました。

4月11日の地震も忘れない

その後は、格段に大きな地震が起きることはなく現在に至ります。

僕は、

「さらに一ヶ月後の、5月11日にも確実に地震が来るぞ!」

なんて思っていまいたが、さすがに杞憂に終わりましたね(笑)

3月11日の東日本大震災は、かなりのインパクトがあるものでした。なのでしょうがないことかもしれませんが、4月11日にも非常に大きな地震が来ていました。

ということも、今回この記事を読んでいる皆様には覚えておいてほしいと思い、記事として書いてみました。

東日本大震災と同じく、4月11日についても覚えておいていただけると幸いです。

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