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元パチンコ店員のおもひで

パチンコ店で働く、就職を目指す人の参考にしてほしいブログです

3月11日の東日本大震災をきっかけに失恋した思い出

思い出

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東日本大震災と失恋

今日は、あの「東日本大震災」から5年が経過した日ですね。当時は震度6を観測した地域に住んでいたこともあって、あの日の事は鮮明に覚えています。

関連記事1:福島県で東日本大震災に遭遇し、新潟県へ避難したときの思い出
関連記事2:東日本大震災から1ヶ月後の4月11日にも震度6の地震が来たことは、あまり知られていない

あの日を回想した記事は⇧こちらになりますので、ぜひ読んでみてください。

たしかにあの震災は、僕にかなりのショックを与えました。

しかし、それは「M9.0という、未曾有の巨大地震」だったから。という理由だけではありません。僕は、あの震災の日をきっかけに

失恋

を経験してしまったからなんです。

当時働いていた会社(店舗)で、僕には片思いの人(Aさん)がいました。結構こちらからアプローチをしていて、何度かデートにも行ったことがありました。

デートには常に付き合ってくれていたので、好意は持ってくれているのではなかろうか…?と考えつつも、僕に勇気がないせいで、告白はできずにいました。

そんな3月11日、あの東日本大震災が発生。津波は免れましたが、店舗にもかなりのダメージがありました。天井が抜けたり、水道とガスが使えなくなったり、自動販売機が停止したり。僕が生きてきた中で、最も過酷だった日。これぞまさに一大事。

スーパーやコンビニから食料品が無くなる、水は汲みに行かないと無い、ガソリンも補給車が来ないので無い、まさに無い無い尽くしの状況。

そんな状況下でも、ある程度楽観的にいれたのは、もしかしたらAさんがいたからかもしれない。一緒に食料を探しに車でコンビニ巡りをしたり、短大で被災し、そこの柔道場に避難していた僕の妹から水を分けてもらった時も、一緒にいました。

3月11日の震災から1日経過し、次に起きたのは「福島第一原発の爆発」でした。震災の記事にも書きましたが、それを見て本格的に「ヤベェ…ゴクリ」となった僕たちは、店長へ直談判するために、店舗へ集まることにしました。

その時集まっていたのは5名程度でしたが、どうせ行くなら店舗スタッフみんな集めよう!と思った僕らは、手分けしてそれぞれのアパートを回り、

「避難のために店長に直談判するやで〜!」

と、声をかけて回りました。

僕が回ることになったアパートの中には、Aさんの家も含まれていました。もちろん、僕は真っ先にそこへ声をかけに行きました。

…しかし、インターホンを鳴らしても、声をかけても、返事はなし。電話をしてみても出ない。家は鍵がかかっていたので、いるのかいないのか確認することはできませんでした。帰宅した時のためにメールだけ送っておき、僕は他の人の家を回りました。

その中で、とある同僚(B)の自宅にも行きました。

インターホンを鳴らすも、中々出てこない。2〜3分ほどして出てきた彼は、何だか汗ばんでいる。

僕「…なんで汗かいてんの?」
B「い、いやぁ、ちょっと筋トレしてたんですよ。それより、どうかしたんすか?」
僕「あぁ、避難しようって店長に呼びかけに行きたいんだけど、◯◯来る?」
B「あー、原発やばいですもんね。行きますよ!」
僕「じゃあこれから店に来て。僕は他の人にも声をかけてから行くわ」

ここで、僕はふと足下に目を落としました。
するとそこには、女性物の靴が一足置かれていました。

僕「…(下を見ながら沈黙)」
B「…あ、もしよければ声かけるの手伝いますよ!あと誰残ってんすか!?」
僕「(正面を向いて)え?ああ、大丈夫だよ。あと少しだから。先行ってて」
B「了解です!」

という感じで、店のメンバーが。僕も他の呼びかけ役の人もあらかた回りきったところで店へ行きました。

ちなみにAさんはというと、だいぶ遅れてやってきました。

 

 

 

 

 

Bと一緒に、Bの車に乗って。

あの時見た女性物の靴、僕には見覚えがあって当然でした。だって、僕がAさんに買った靴だったからです。

その後、店舗スタッフはみな県外へ避難しました。その避難先で、ひょんなことからAさんから改めてBとの関係を聞いてみると、あっさりと認めました。どうやら、僕より少し先にBからアプローチをされたらしく、僕とマンツーマンで遊びに行きながらも、本命はずっとBだったとか…。

僕は非常にショックを受けまして、何とか平静を装うのが精一杯。結局、「そっか…お幸せに」とだけ言って、その場を離れました。

こんな感じで、東日本大震災をきっかけに僕の片思いは砕け散ったのでした。

その後、避難組は自宅待機と会社から言われていた(僕を含めた数名は実家が遠かったので、会社が用意したホテル生活)のですが、AさんとBはそれを無視して避難先でデートをしまくり、しかもその様子をツイッターに上げ、さらにそれを別の同僚(Cくん)に発見されるという始末。

そこからCくんが店長にツイッターを密告し、AとBは店長にボコボコに叱られ、それが会社全体に噂として広まり、非常識カップルというレッテルを貼られた2人は、結局僕より先に会社を辞めていきました。あの2人はまだ続いているのかな…?(遠い目)

しかしあの頃は、震災うんぬんよりも失恋のダメージの方が大きくて大きくて…(笑)

僕が滞在していたホテルの近くでは、ヒルクライムとかいう歌手が募金活動をしているなんて話題になっていたようですが、僕は全く興味がわきませんでした。

そんなホテル生活はヒマすぎて、僕はずーっとワンピースの空島編を読んで感動しながら過ごしていました(笑)無意識に失恋の傷を癒やそうとしていたのかもしれません。

なんてことが、5年前の震災の時期にありました。
もちろん、これは実話です。切ない実話。思い出したくない過去、黒歴史。

繰り返しになりますが、今日であの未曾有の大災害「東日本大震災」から、5年が経過しました。

黒歴史とか言っていますが、世の中には最愛の家族・恋人・友人を震災で失ったという人がいて、そういう人々に比べたら全然大したことではない話。誰も亡くなっていないし、たぶん向こうもどこかで幸せになっていることでしょう。たぶんね。

こんな話のように、いつか5年前の震災そのものを笑い話として語れるような、そんな日が来ればいいなと切に願います。

避難はしましたが、あの震災の凄まじさを体験した一人として、亡くなった全ての方に謹んで哀悼の意を表します。

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