Yoshikiの日記

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朝日新聞にインタビューが掲載されました

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皆さんおはようございます。管理人のYoshikiです。

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はい、こちらの記事にも書きましたが、7月に朝日新聞の記者の方から受けていたインタビューがこの度、朝日新聞に記事として掲載されました。

8月5日午後、東京・新宿の都庁前に弁当配布を待つ83人の長い列ができた。野宿者や生活困窮者に弁当を配り、健康・生活相談に応じる「新宿ごはんプラス」の活動だ。共同代表として大西も参加する。

 約5カ月前、ここから男性(30)は、「ネットカフェ難民」を脱した。

「久しぶりに家具をそろえる。もう一度社会復帰したい」。7月下旬、男性は東京都内の6畳半に入居した。家賃5万3700円。生活保護を受給し、うつ病などの療養を続けている。

福島県出身。07年に20歳で甲信越地方のパチンコ会社に正社員として入社した。6年勤めたが、上司や客との関係に苦しみ、うつ病を発症。退職して13年6月に上京した後は関東各地で派遣社員として働いた。

3月、工場を辞めて流れ着いたのが、1日2400円の東京・新大久保のネットカフェ。「難民」生活を続けながら仕事は見つけた。だが先に金が底をついた。まだ夜は寒い。路上生活も覚悟したが、ごはんプラスにつながった。

親には頼れなかった。うつで正社員を辞めた時、親から「根性が足りない」、妹の結婚が決まると「お前も自立しろ」。「これ以上親に迷惑をかけるぐらいなら音信不通の方がいいのかなって」と男性は言う。

現在、野宿者支援のボランティア活動に顔を出し始めた。「この新しいコミュニティー、疑似家族の方が居心地が良いんです」

男性は東京の片隅で新たな「舫」を見つけつつある。(一部敬称略)

(平成とは プロローグ:5)郵便受けの500円、細いつながり 名古屋報道センター・斉藤佑介:朝日新聞デジタルより引用。

ちなみに、朝日新聞デジタルで全文を読むには会員登録(無料)が必要みたいです。紙面で読む場合は、今週の月曜日に発売された朝刊にこの文章が書かれています。

今回のインタビューのテーマは「平成の30年を"貧困"という視点から振り返る」というものでして、これから月に1回程度の連載形式で進んでいくようです。

平成天皇が30年の節目を持って天皇の座を皇太子殿下に譲位するというのが話題になっていましたが、それに合わせて今までの30年を振り返る企画だということです。

昭和末期にバブルが崩壊してから今に至るまで、特に平成生まれの世代は「経済力のある日本」というのを見れずに育ってきています。

その中には、就職氷河期、日雇い派遣問題、ブラック企業問題などなど、様々な”働く”上での問題が生じ、今の日本人は仕事に希望を持ちづらくなっていると思います。

そんな社会の中で、このインタビューが僕に回ってきた理由としては、過去にネットカフェ難民をしていた経験や派遣で食いつなぐような生活をしていて、現在は生活保護を受けている。

そんな「貧困真っ只中の底辺おじさん」ということで、面白がられたのではないか?という気がします。

ただ、この企画は朝日新聞から一直線で僕に依頼が来たものではありませんでした。

僕が普段お世話になっているNPO法人に来た依頼を、そこの代表の方が「知り合いにこんなヤツがいるけどどうよ?」と話をしてくれた事によって回ってきたものでした。

インタビューを受けた頃の僕は、ちょうど個室シェルターからマンションへ引っ越す直前だったので「底辺から這い上がろうとしている青年」みたいな感じで、尚更企画の趣旨とマッチして、面白がられたのかもしれません。

www.continue-is-power.com

↑インタビューを受けたのはこの記事を書いたころでした。

しかしまあ、たしかに自分でもまさか生活保護を受けるまでに転落してしまうとは思ってもみませんでしたけどね……。

別に生活保護利用者が底辺だとは言いませんが、僕のように30代で受けている人って割合としてはかなり少ないですし、面白いというか珍しさでいえばあるのかもしれませんね。

……あーあ、銭形金太郎に出てきていたビンボーさんたちを笑って観ていた頃に戻りたいなですね(笑)。とにかく、貧困真っ只中にある30代の転落人生として楽しんで読んでいただければ幸いです。

今までブログで色々書いてきましたが、結局はこんな生活になってしまったオッサンの戯言として、ぜひ反面教師にしていただければと思います。

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