30代メンヘラ無職のブログ

主に生活保護と七原くん(配信者)について書いています

【生活保護】成人した申請者への「扶養照会」は廃止にすべきである

本日、こちらのマンガ(Kindle版)を全巻購入した。

健康で文化的な最低限度の生活 1 (ビッグコミックス)

健康で文化的な最低限度の生活 1 (ビッグコミックス)

 

僕自身、生活保護を受けるようになったということや、前々から貧困や社会問題について興味があったということ、生活保護や貧困問題などをこれからのブログのテーマとして書いていくためなど、様々なことが重なり合った結果、最近はこうしたマンガや支援団体の方が書いた本などを積極的に読んでいる。

特に今日から読み始めた⇧のマンガ「健康で文化的な最低限度の生活」は、新人ケースワーカーの視点から生活保護という制度やそれを受けている人やそれを取り巻く環境などを捉えている。僕もリアルタイムで生活保護の当事者となっているのもあり、かなり真剣に読み、全5巻をまとめて購入したのだが、ものの1〜2時間程度で読み切ってしまった。最新刊は今月末に発売される予定のようなので、楽しみである。

このマンガには様々な生活保護の申請者が登場する。僕と同じようにうつ病やPTSDの疑いがあって働けない人、アルコール依存症になってしまった人、虐待を受けて親元から逃げてきた人、借金を保護費から返還しているせいで食事をろくに取っていない人などなど……(ちなみに生活保護費から借金を返すのは禁止)。

その中でも、今回のマンガをひと通り読んで強く思ったのは「扶養照会」についての疑問であった。マンガの中では、

生活保護の申請を受けると、福祉事務所は、その人の資産、収入、申請に至る経緯、健康状態、生活歴、扶養義務者の状況等を調査し、原則2週間以内 (最長30日以内)に、保護を開始するかどうかを決定し、本人に通知しなければならない。

「保護の補足性」という言葉がある。

生活保護は、その人の持つ資産、稼働能力、"その他あらゆるもの"を活用して、それでもどうしても生活費が足りない場合にその足りない分を補うものであるということ。もし援助できる親族がいれば、そちらを優先して受けるということになっている。

(マンガ「健康で文化的な最低限度の生活」第3巻より引用)

これは生活保護法の中でも、

第4条(保護の補足性)

1:保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用するすることを要件として行われる。

2:民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。

3:前2項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。 

というように明文化されている。ちなみに 「その他あらゆるもの」の定義として、生活保護法が記載されている「生活保護手帳」には、

※「その他あらゆるもの」の例=健康保険、厚生年金、船員保険、国民健康保険、雇用保険、労働災害、国民年金等 

というように注意書きがされている。 つまり、現行の生活保護を受けるためには、全ての対策を尽くした上で、文字通り「すっからかん」にならないと受けることは法律上できない、ということになっている。

まあ、保険などを使うことによって生活保護を受けなくても済むぐらいの収入があるのであれば、僕としてもそちらを先に使うべきだとは思う。それらはあくまで「いち制度」であって、その人の性格や人間関係などとは直接的に紐付かないからだ。

しかし、「扶養」というのは文字通り「養ってもらうこと」である。

ちなみに⇧こちらの記事にも書いたが、扶養照会というのは親兄弟に「この人を養ったり、援助することはできますか?」と照会(問い合わせ)をすることである。この扶養照会に関しては、僕は「成人している保護申請者」の場合は、もうする必要はないのではないか?と思っている。

現行の生活保護制度でも、虐待やDVを受けている人の場合は扶養照会を免除する場合はある。しかし、肉体的な虐待は目に見えて分かるからまだ良い……いや良くないが、例えば「心理的虐待」だったとしたらどうか。

調べてみると、暴力を振るわないにしろ、大声で怒鳴る行為、無視する行為、お前はダメだなど自尊心を傷つける言葉はそうした「心理的虐待」に該当するという。また僕がかつて受けてきた兄弟間の差別なんかもそうなるようだ。

身体障害がある方や、殴られて顔に青あざを作ってしまっているような人。そういう人々は「保護をすべき人間だ」と明らかに判別できるため、ある意味分かりやすいと言える。かと言って、そうした方々を「だから有利だ!」と言うつもりはサラサラない。

しかし、逆に前述した心理的虐待や目に見えない精神的な病を持っている人というのは、こうした場面で不利になるというか、見抜く力が弱いケースワーカーによって「扶養照会が必要な人」と判別されてしまうケースが多いのではないかと思う。

僕も家族との状態がよくなく、扶養照会をされたら養ってもらうどころか路上生活一直線になりそうな状況だったので、かかりつけの精神科の先生に言って扶養照会を免除してもらった人間だ。繰り返すが、世の中には必ずしも「円満な親子関係」な家族ばかりではない。

それどころか、生活保護を受ける人というのは、自分の身に降りかかる様々な問題を、ギリギリまで耐え忍ぶ人が多い。しかしやがて限界が来てしまい、生活保護に繋がるといったケースがとても多い。よく「生活保護受給者や路上生活者=怠惰、甘えの結果」と言われるが、実際は真逆なのだ。

僕が出会う元路上生活者の方々の中にも、家族関係が上手くいかず、それが転落人生のきっかけになったという人も多くいる。その大多数はご高齢の方なので、今は家族間のしがらみはなくなった人が多い。しかし、中には若くして家族間の関係に悩んでいる人も増えてきている。

2017年の夏頃、僕は「つくろい東京ファンド」という支援団体の代表である稲葉剛さんの講演を、都内の教会で拝聴してきた。そこで語られた内容の中の1つに、「九州で暮らす高校生(当時)から届いたメール」が読み上げられた。

その内容の中に「扶養照会」に関する意見もあった。これは稲葉剛さんの著書「生活保護から考える」の中にあった文章の引用だが、これと同じことを、その時に参加した講演会でも稲葉さんは仰っていたので、そのまま引用させていただく。

「専門学校も奨学金で行けばいいと言われますが、専門学校卒業後、高校の奨学金と専門学校の奨学金を同時返済しさらには親を養えと言われる。」

(中略)

「私はいつになれば私の人生を生きられるのですか。いつになれば家から解放されるのですか。」

(中略)

「子が親を養うことも当たり前のように思われていますが、それは恨んでいる親を自分の夢を捨ててまで養えということなのでしょうか。」

生活保護から考える (岩波新書)

生活保護から考える (岩波新書)

 

Kindle版からの引用なので正確なページ数などは不明だったが、とにかく⇧こちらの本に詳細が記載されている。気になる人はぜひ手にとってほしい。 

というメッセージがあったと言う。2012年に現在の自民党政権になって以降、生活保護制度はどんどん受給者が生きづらくなるように改悪されている。

そして僕が特に害悪だと思う部分が、今までよりも扶養照会の頻度を高め、「扶養できない」と回答する親族には「なぜ扶養できないのか?」と聞くという、今まで踏み込まなかった部分にまで踏み込もうする、いわゆる「扶養義務の強化」である。

別に金銭的に養える養えないではなく、支援のお願いなんてしたら何を言われるか分からない。親子の縁を切られるかもしれない。本当はその気なんて無いくせに「養う」と言って連れ戻し、実際は尻を蹴っ飛ばして強引に仕事を探させるであろう、うちの親みたいな人間もいるかもしれない。そういうところにまで考えが及ばないのか……?と呆れてしまう話だ。

今回取り上げた、マンガ「健康で文化的な最低限度の生活」の中でも、そうした親子間の不和が原因で扶養照会を頑なに拒む青年の話が出てくる。ネタバレになるのも良くないの詳細は省くが、当事者の自分が読んでいても「これきっついなぁ……こんな親子関係でもし扶養照会されたら、自分だったら自殺するかもしれない」と思うぐらい、結構ヘビーな内容だった。

これは知らない人も多いと思うが、実際には生活保護の「扶養義務」については、2種類に分かれる。それが「生活"保持"義務」と「生活"扶助"義務」である。それぞれの違いを簡単に説明すると、

  • 生活「保持」義務=夫婦間で養う場合や未成熟の子に対して親が養う場合にこちらが該当する。「非常に強い義務」と呼ばれ、こちらは余程のことが無い限り扶養から逃れることはできない。
  • 生活「扶助」義務=成人した子が年老いた親を養ったり、逆のケースなどの場合にこちらが該当する。保持義務と違い、こちらはあくまで「できるならしてね」という程度の扶養義務である。

前者の生活「保持」義務に関しては、僕は厳格に守られるべきだと思う。特に未成熟の子は生活保護の申請なんてできないし、親の扶養がないと、最悪の場合、人命が失われる恐れがあるからだ。しかし、後者の生活「扶助」義務に関しては、そこまで厳格に運用されていないとしても、別に問題はないと思う。もっと言ってしまえば、そのまま照会そのものを「廃止」にしても構わないと思っている。

実際、大人一人を養うというのは結構お金がかかることだと思う。都内で生活保護を受けるとなると、生活費8万円程度を始めとして、家賃などを含めると13万円以上の支給となる。すなわち、国が定めた生活費の最低基準額が、そのぐらいという事だ。毎月の給料の中から、月13万円程度(生活費だけでも月8万円程度)の出費が可能な人が、果たしてどのぐらいいるのだろうか。

そう考えると、扶養義務というのはあくまで前述した「生活保持義務」の場合のみに留めておき、生活扶助義務として運用してきた部分の扶養照会は、なしにしても問題はないと考える。僕はむしろ、「家族同士の繋がり?家族の絆?そんなものクソ食らえじゃね?」とさえ思っている。

日本国民の大多数が農家だった頃の「イエ」制度なんてくだらないものに、この国はいつまで縛られているのか……。また、それを復刻し、強化させようとしている自民党の政治家たちも、頭が悪いのでは?と言わざるを得ない。あーあ、さっさと扶養照会なんて廃止になればいいのに。

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