30代メンヘラ無職のブログ

主に生活保護と七原くん(配信者)について書いています

Googleアドセンスは何も売らなくていいし営業しなくていいから楽だ

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成人してからこれまで10年間以上に渡って労働を続けてきたのだが、精神を病んでしまって続けられなくなった。僕は元々、お金を儲けるために何かを売るのが苦手だったり、生活のためにワガママな客にもへりくだってペコペコ頭を下げたり、そういうのは苦手というかクソ食らえと思うような性格だ。ただし、そうは言ってもお金を稼がなければ生活していくことはできない。実家に頼ることもできない。

そういった人間は、これからどうやって生計を立てていけばいいのか……?と思いながらネット上を徘徊していた時に、偶然だがブログやホームページに広告を貼ってお金を稼いでいる人がいることを知った。広告で飯を食っている人というのは、古くはラジオやテレビ業界にいただろうが、ネットでもそれができるようになったというのは、少なくとも僕にとってはかなりの発見だった。

広告ビジネスはいい。よほど多くのアクセスを集めない限り大きな利益は見込めないが、逆にあまり手間をかけなくてもそれなりの広告収入は得られる。このブログは僕の怨念がこもったようなしょうもない記事が大多数を占めるが、それでも結構な数の人々が訪問してくれるし、それによってマンションの家賃ぐらいの収入は入ってくる。

僕が思う広告を貼ってお金を稼ぐことの最大のメリットというのは、記事タイトルにも書いたが「何も売らなくていいし、営業もしなくていい」ということだ。冒頭に書いたとおり、僕は他人にペコペコ頭を下げてお金を得るという方法が至極苦手だ。工場や倉庫で働けばそういう接客は不要だと言う人もいるが、あそこはあそこで社内の人間関係が煩わしかったりする。

この記事にも書いたが、僕は過去に横浜市の工場で数ヶ月勤務していたことがある。その時には生意気な外国人に遭遇して喧嘩になって辞めてしまった。社外の人間と関わる必要がある仕事は、それらの人間関係などについて頭を悩まされることが多いだろう。

それでは社内の人間としか関わらない仕事なら人間関係で悩むこともないのか?と言えば、そんなことは全くない。逆に、そういう職場では傍若無人なコミュ障が我が物顔で偉そうにしていることもあるので、今度はそっちに悩まされることになるだろう。要は外に出て労働をしている限り、人間関係の悩みから離れることはできないのだ。

そういう人間でもそれなりに生きていける可能性が高いのが、広告でお金を稼ぐという方法だと思う。もちろん大きく稼ごうと思えばそれなりに苦労がつきまとうし、人間関係がゼロになるかと言えば、今度は「読者」や「グーグルの中の人」との関係に悩むこともあるだろう。しかし、外での労働と違って対面や電話で「てめぇぶっ殺すぞ!」と言われることはまずない。まあ、炎上ブロガーならあるかもしれないが……。

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

かつて、日本一のニートとして有名な「pha(ふぁ)」さんが書いた「ニートの歩き方」という本に、「インターネットという新しい自然」という項目がある。その部分を引用させていただくと、

もちろん、サイト作りにしろせどりにしろ、ネットを介した向こう側にはちゃんと人間がいる。実際に人がいて、その人がサイトを見に来てくれたり本を注文してくれることで、それが収入になっている。その点では普通の商売と全く変わりない。しかし、相手の人と直接コミュニケーションすることがないので、向こう側に人間がいるということをほとんど意識しないのだ。 

感覚としては、人を相手に商売をしているのではなく、山に入っていって栗でも拾ってきているような感じだった。サイトを作って広告を貼ったら毎日ちょっとずつお金が入ってくるのは、川に罠を仕掛けて放置して、一日一回見に行くと魚が何匹か入っているようなものだ。ブックオフの本棚を巡ってレア本を探すのは山に入ってきのこ狩でもしている気分だ。

(中略)

実際にはネットは人間が作ったもので、人間の活動の集合体ではあるんだけど、僕にとってはもうネット自体が人間から独立した一つの新しい自然として存在しているように思えた。その新しい自然の生態系はとても複雑で豊かで、いろんなもの(植物や動物や虫)が活発に活動して絡み合っていて、その中をこまめに見て回ればなんとか自分が食べる分くらいは拾ってこれる。

そうやって直接人とコミュニケーションしなくてもお金を手に入れることができる、というのは僕にとってとても救いだった。

という文章がある。少し引用が長くなってしまったが、僕が今回書きたかったこともまさにこの中に集約されている。訪問者に「広告をクリックしてください!」と宣伝するのは逆に規約違反なのでできないからというのもあるが、他人に売り込まなくていいのは非常に楽でオススメだ。

また、訪問者に広告をクリックしてもらえるのは非常にありがたいのだが、それは僕が踏んでくれと言って踏んでもらったわけではないという分、そこまで大きな責任が発生しない。そういう部分に関しても、無駄に責任を負うのが嫌いな僕にとってはとても大きなメリットとなっている。

ただし繰り返しになるが、ただ広告を貼ってボケーッとしているだけでは、当然だがほとんどクリック(=報酬)は発生しない。やはり広告を貼る場所を選定するとか、読まれる記事を仕込むとか、ある程度の工夫、労力、時間は必要だ。また、Googleが定期的に行うアップデートの影響でアクセス数と広告収入が激減する場合もある。そういうデメリットも中にはあるが、会社で仕事をしながら上司や顧客にゴチャゴチャ言われて精神を圧迫させながら働くよりは、何倍も僕には合っている稼ぎ方だ。 

もちろん、働き方というのは人によって向き不向きが出て来る。また、ブログでこういった記事を書くと決まって「外で真面目に働いている人間をあざ笑うような記事を書いてるんじゃねぇ!」みたいなことをよく言われる。

念のために書いておくが、別にあざ笑うつもりは1ミリもない。会社で働くことに向いている人は思う存分そうすればいいし、それが苦手な人でも別な方法を駆使してお金を稼ぎ、生きていく道はあるということを言いたいだけだ。ただ、あえてこれからの未来予想をするならば、こうやってインターネットを使って稼いでいく方法が主流になっていくのは確実になるであろうとは思うが。

かつてこの記事にも書いたように、これからの日本では正社員としてのパイはどんどん減っていくのは確実だ。昭和時代のように日本に余裕があった頃と違い、現在はどんな大企業でも正社員の枠をどんどん減らしていっているのが現状である。

それとは逆に、インターネットで個人が活躍する場というのはどんどん増えてきているのも、また現状だ。となると、時代の流れに逆らって減ってゆく椅子を無理やり奪い合う生き方と、時代に合わせて拡大していく流れに身を任せる生き方。果たしてどちらが楽なのか?答えは明白ではなかろうか。

というわけで、メンタルが弱くて上手いこと会社や労働に適応できない人にも生きる道はあると思うので、どうか人生に絶望せずに生きていってほしい。こういう事を書くと「生活保護を受けているくせに偉そうなことを言うなボケが!」なんてことを言われそうだが、保護から抜け出すためにも、こうして自分に合っている稼ぎ方に全てのリソースを注ぎ込む覚悟で、今後ともやっていく所存である。

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