30代日雇い労働者のブログ

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20歳からの10年間は自分でも嫌になるほど失敗の連続だった


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自分は2018年10月に32歳になる予定のおっさんだが、改めて20歳からこれまでの10年間を振り返ると、本当に失敗続きでクソみたいな人生だったと思わされる。

それらをざっと振り返ってみると、

  • 2007年春(20歳):地方のパチンコチェーン店に就職。社会人になって早々、包茎手術を試みる。なぜか通常の病院ではなく◯◯クリニックみたいな保険が効かないところに行ったせいで、300万円ぐらいの借金を背負う(これは過去に一度記事にしたが、アドセンスの警告が来たので削除済)。
  • 2007年夏(20歳):車で民家の塀に派手に衝突。20万円ぐらいの借金を背負う。
  • 2007年大晦日(21歳):出社中に雪にタイヤを取られて中央分離帯に派手に衝突をし、また借金を20万円ほど背負う。
  • 2008年春(21歳):パチンコ/パチスロにハマり、生活費まで注ぎこむようになる。これによって、前述の借金は徐々に返済が厳しくなっていく。
    ★関連記事:パチンコやパチスロにハマりすぎて依存症になった体験談
  • 2008年冬(22歳):全国でも有名な豪雪地帯へ異動させられる。寒さのあまり車が出勤途中で動かなくなり、危うく凍死しかける。
  • 2009年春(23歳):この年に異動した店で「職場いじめ」に遭い、そのれが現在のうつ病の原体験となる。
    ★関連記事:ボクがうつになりまして。心療内科に通っていた時の話
    現在ならパワハラとかで訴えられそうだが、当時はそういった知識がなかったため、ひたすら耐える日々を送る。
  • 2009年秋(23歳):これまでの借金がいよいよ返済できなくなり、法テラスに相談。照会された弁護士に会いに行き、自己破産をすることを決意する。
  • 2010年春〜2011年春(24歳):異動によってやっと職場いじめから解放される。もう辞めよう……と思うも、異動先の店が自分に合っていて楽しかったので、もう少しだけ続けてみようという気になる。
  • 2011年3月11日(24歳):東日本大震災発生。当時住んでいた地域は震度6や津波被害があったため、県外へ避難する。
    ★関連記事:東日本大震災に福島県で遭遇し、新潟県へ避難したときの話
    当時の社長がほざいた「できる限り明日も店を開けろ!」の一言にブチ切れそうになる。
  • 2011年春(24歳):異動先の店が2009年にかつて職場いじめを受けていた店だったので、一気にやる気がなくなる。しかし、震災に遭った店が急遽再オープンするということになり、その店には一週間ほどしかいなく、事なきを得る。
  • 2011年夏(24歳):弁護士と相談し、再度自己破産をするための書類集めなどの準備を進める。
  • 2011年秋(24歳):震災当時に勤めていた店のメンバーがほとんどが異動となる。さらに新たに入ってきた人間とウマが合わなく、ついにうつ病を発症。これまでの自分と明らかに様子が違うことに焦り、心療内科に通いだす。
    ★関連記事:仕事が嫌すぎてうつ状態になっていた時にした奇行3つ
  • 2012年春(25歳):自己破産を行い、借金200と数十万円がチャラになる。
    ★関連記事:生活保護を受ける前に自己破産をした時の話
    また、通っていた心療内科のやり方が気に入らず、そのクリニックに行かなくなる。
  • 2012年夏(25歳):うつ病が進行し、周りの人間から自殺の心配をされるレベルにまでひどくなる(正直この頃は、現在も含めて一番自殺願望が強かった)。
  • 2012年初秋(25歳):人生で初めて車で人身事故を起こす。すぐに謝罪をしたのが良かったのか誠意を認めてもらい、示談で済ませてもらう。ちなみに示談金は高額だったが、保険が下りたため再び借金を背負うのは免れる。
  • 2012年秋(25歳):新しくオープンさせる店のオープニングスタッフとして異動を命じられるも、そこの店長が2009年に自分をいじめていた奴だったので、この店を最後に会社を辞めることを決意する。
  • 2013年春(26歳):辞めたいと言っても辞めさせてくれない店長と激しく対立。辞める気マンマンだったので怖いものはなく、相手が上司にも関わらずブチ切れまくり、何とか退職を認めさせる。
  • 2013年初夏(26歳):辞める直前にできた彼女とほぼ一緒に会社を退職。6年以上勤めていたにも関わらず、送別会すら行われないクソみたいな環境であり、もっと早く辞めていれば良かったと激しく後悔。
  • 2013年夏(26歳):少し静養しようと実家に戻るも、親からは「いつまでもゴロゴロしているな」「さっさと次を探せ」とばかり言われ、こいつらともいつか決別してやると決意する。実家に嫌気がさし、東京へ逃げるように上京。
    ★関連記事:生活保護を受給するまで その1(きっかけ編)
  • 2013年秋(27歳):東京で最初に入った会社(通信端末の販売代理店)が軍隊のような厳しさだったことに耐えられず、わずか1ヶ月ほどで退職。
    ★関連記事:ハケン放浪記その0(スマホ販売代理店 前編)
  • 2013年冬〜2015年冬(29歳):うつ病の影響により2年以上、派遣社員として入っては辞め、入っては辞めを繰り返し、常にお金のない生活を送ることになる。途中、税金の滞納が続きすぎて自分の銀行口座を差し押さえられる経験をしたり、家賃を滞納しすぎて裁判を起こされるということも経験する。
    ★関連記事①:【貧困】2回ほど銀行口座が差し押さえられたことがある
    ★関連記事②:未払い家賃を放置していたら裁判を起こされた話
    ちなみに2013年春から付き合っていた彼女とは、2014年の夏に別れている。
  • 2016年初春(29歳):環境を変えてみようと思い、東京から新潟県へ引っ越す。仕事は東京時代に勤めていたコールセンターの新潟支社に、身元バレをしないことを祈りつつ潜り込む。
  • 2016年春(29歳):新潟での仕事につまづいて辞める。新潟で新たに彼女ができるも、無職になったことを言い出せずに音信不通になる。
    ★関連記事:厚労省のニート支援「キミはまだ本気出してないだけ」は今すぐやめろ
  • 2016年夏(29歳):ツイッターのフォロワーさんから紹介された「ギルドハウス十日町」という住み開きの古民家へ引っ越し、人生初のニートとなる。
    ★関連記事:生活費の節約には月2.5万円で暮らせるギルドハウス十日町が最適!
  • 2016年秋(29歳):今まで滞納してきた税金を支払え!という役所からの督促が強く、そろそろ働かないとマズイか……と思い、横浜市の工場へ出稼ぎに出る。
    ★関連記事:生活保護を受給するまで その4(横浜鴨居編)
  • 2016年冬(30歳):ここの工場は環境がかなり良かったが、減産を理由にクビを切られ、派遣会社を変更して横浜市内の別工場へ勤め直す。
    ★関連記事:生活保護を受給するまで その5(横浜大船編)
  • 2017年初春(30歳):工場のナイジェリア人と喧嘩になり、無視されたのをきっかけに全てがどうでもよくなり、そこを辞めて東京でネットカフェ難民になる。
    ★関連記事:4年ぶりにネットカフェ難民になった
  • 2017年3月(30歳):ネットカフェ難民をしながら派遣の仕事をしていたが、ひょんなことから一文なしになる。自宅もないので路上生活一歩手前になるが、支援団体に助けてもらう。
    ★関連記事:野宿寸前でしたが支援団体に助けてもらいました
  • 2017年4月(30歳):個室シェルターでの生活をしながら、生活保護を受けることを決める。いつか縁を切りたいと思っていた家族とは、このタイミングで音信不通にする。
    ★関連記事:生活保護を受けると決めた時点で、家族とは音信不通にした
  • 2017年10月〜12月(31歳):半年間休んだ労働を再開させるも、社内での人間関係につまづき、わずか2ヶ月で再び辞めてしまう。
    ★関連記事:やっぱり僕には無理だった

……そして現在に至る、という感じ。もう自分で自分のことを書いていて憂鬱になってくる。2007年に学生を卒業して働くようになってから、本当にろくなことがない。

こうして過去を振り返ってみて、何が一番いけなかったのか?と考えると、やはり「お金にルーズすぎた」ということが真っ先に挙げられるだろう。最初の手術費用から始まり、途中のパチンコ/パチスロに生活費を突っ込んでしまうところなど。今の自分からしてみると、本当に過去の自分をタコ殴りにしてやりたい気持ちでいっぱいである。

今年からは完全に生きるスタンスを変え、働かないで生きていく方法を真剣に模索していこうと思っているので、20代より少しはマトモな人生になってくれたらありがたいと思う。……まあ、難しいだろうとは思うが。とにかく、今後はこれまでの経験を生かして、特にお金に関する失敗はしないようにやっていきたい。

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