ドヤ街とそこで生きてきたお爺さんたちの思い出


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★ドヤ街とは

ドヤ街(ドヤがい)とは、日雇い労働者が多く住む街のこと。「 ドヤ」とは「宿(ヤド)」の逆さことばであり、旅館業法に基づく簡易宿所が多く立ち並んでいることに起因する。 東京の山谷、大阪のあいりん地区、横浜の寿町が特に有名である。(Wikipediaのページより引用)

Wikipedia先生にも書かれているように、日本には「3大ドヤ街」と呼ばれる日雇い労働者たちの街がある。

  • 山谷(東京都台東区)
  • 寿町(神奈川県横浜市)
  • 釜ヶ崎(大阪市西成区)

の3つがそれだ。

ちなみに山谷という地名についてだが、現在の東京に山谷という地区はない。現在の東浅草周辺が、かつて「山谷地区」と呼ばれており、現在でもその地名のまま呼ばれているらしい。そして釜ヶ崎については「西成」とか「あいりん」など、色々な呼ばれ方があるようだが、労働者の多くは「釜ヶ崎」もしくは「カマ」と呼ぶそうだ。

もう一つちなみに他の地域では、かつては神奈川県川崎市、愛知県名古屋市、広島県広島市などにドヤ街が形成されていたらしい。しかし、代表的な上の3つ以外は規模をかなり縮小してしまったようだ。

また、東京都の高田馬場(新宿区)はドヤ街ではないものの、かつては駅前に仕事を求める日雇い労働者と手配師が集まる場所として有名だったらしい。

僕自身、山谷と寿町には行ったことがある。一昨年は横浜に住んでいたし、現在は東京に住んでいるので近場だったことと、前々からドヤ街というものに興味があったので行ってみた。上に貼った2つの記事がその時のものだ。

僕が昨年の4月から生活保護を受け始めてから、同じように受給している元路上生活者のお爺さんたちと仲良くさせていただいている。

実は今日も、昼間に近所に住む受給者のお爺さん(仮にAさん)の自宅のテレビが壊れたので直してほしいと言われ、仲の良い別のお爺さん(仮にBさん)と一緒に行ってきたところだった。ちなみにテレビは壊れておらず、リモコンの電池が切れていただけだった。

Aさんはもう90歳に近い年齢なこともあり、都内でのんびりと暮らしている。しかし、かつて若い頃は「手配師」と呼ばれる、ドヤ街を中心に日雇い労働者を集め、建設現場などへ派遣する仕事をしていた経験があるという。ちなみにBさんは80歳近くで、手配師の経験はないが、労働者として全国の様々な場所へ行った経験を持っている。

現在、巨大暴力団として有名な山口組も、元々は神戸港に停泊した船から荷物の積み下ろしをする仕事(港湾荷役)への人材派遣で名を上げた組織だった。今でこそ人材派遣会社が日本全国に乱立しているが、そもそもそういった仕事はヤクザの生業だった。そのヤクザの下で労働者を集めていたのが、手配師という仕事だった。

そんなAさんは、手配師として自ら山谷、寿町、釜ヶ崎などの主なドヤ街を回った経験があるという。その時代の話をすると、よく「昔も今も、釜ヶ崎が最も労働者が多かったし、最も街の活気があった!」と述懐している。

ちなみに現在の山谷や寿町は、すでに労働者の多くが高齢化し、その多くが生活保護を受けながらアパートや施設で暮らしているらしい。それに対して釜ヶ崎は、さすがに日雇い労働者たちが全盛期だった頃(高度経済成長〜バブル時代)に比べると静かになったものの、前述した2つの街よりは、まだまだ活気があるという。

かつて別ブログにてこういう記事を書いたが、僕はそうしたドヤ街や労働者が活気に満ちていた頃の話を聴くのが好きだ。昨年、山谷や寿町へ足を運んでみたのも、まだまだドヤ街がそういった活気や、さぞかしアングラ性に満ちた世界なのだろう。というのを期待してのことだった。

しかし、今のドヤ街はもう労働者で溢れていることはないし、労働者や支援団体が警察を相手に暴動を起こす元気もほとんど残されていない。実際に寿町で昼間から路上に座りこみ、酒を飲んでいるお爺さんたちは何人か目撃したが、人影はまばらであった。

なので、言わば「最後の労働者たちのドヤ街」として機能しているであろう、釜ヶ崎へもぜひ行ってみたいなと、このかんどーさんの記事を読んで強く思った。

まあ思うのは勝手だが、生活保護を受けている身である現状、あまり余計な出費を出すことができないという現実もあるのだが。うーん、青春18きっぷでも使える時期になったら、それを使って行ってみようかとは思っているが。

僕の周りには、前述したAさんやBさんのようにアングラな経験を持っているお年寄りの方々が多くいる。

ダンボール1つ持って都内を渡り歩きながら路上生活をした経験を持つ人、劣悪な貧困ビジネスの施設に入れられて、そこで何年も生活していた人、懲役を受けたせいで仕事に就けなくなり路上生活になった人、仕事で全国を渡り歩いて戻ってきたら家が勝手に引き払われており、やむなく路上生活になった人などなど……。

そうした人の話を聴いているのは、僕自身がそういう話が好きだからなのか、楽しい。ブログのネタにもなるし。そしてこちらが楽しそうに聴いていれば、向こうは気をよくしてどんどん話をしてくれる。そして仲良くなる。こういった好循環が生まれる。

そうしたかつての体験というのは、僕のこれまでのチンケな体験なぞ屁でもないと思わせるほどに、壮絶だったに違いない。しかし、それを笑って話してくれるご年配の方々のメンタルの強さには、強いリスペクトを感じずにはいられない。

そんな感じで今日は、Aさんの家でAさん+Bさん+僕の3人でAさんが淹れてくれたコーヒーと、Bさんが(なぜか)買ってきたワンカップ大関を飲みながら、そんなお二方の昔話に花を咲かせてきた。人生は続く。

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