30代その日暮らし

生活保護と日雇い派遣とブログの広告収入で生きています


上司に「お前メンヘラなの?」と言われた時点で治療に専念すればよかった

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僕は2013年の夏に地方から東京へやってきたのだが、こっちで最初に就職したのがスマートフォンやインターネットの回線を契約する、いわゆる「契約代理業」をナリワイにする会社だった。

携帯ショップの店員や家電量販店の販売員、または通信系コールセンターで働いたことがある人なら分かると思うが、通信業界というのはかなりの「体育会系」だ。結果を残していれば人権が多少は認められるが、残していなければ「死ねよ」と言われる世界。

通信業界のことなど何も知らないまま、そして前職で患ったうつ病を抱えたまま、僕はその世界へ足を踏み入れたわけだが、やはりメンヘラは使い物にならなかった(笑)。

結局僕は、わずか一ヶ月やそこらでその会社を辞めるわけだが、その際に上司から言われた「え、お前ってメンヘラなの?(笑)」といった一言は、今でもはっきりと記憶に残っている。

あれは当時配属されていた秋葉原の某家電量販店で、量販店の社員と契約するための商材を持っている通信キャリアの上司の両方に罵声を浴びながら、店内を走り回っていた頃のことだった。

夜9時に閉店になってから片付けや清掃を行い、10時すぎに店を出る。そしてなぜかそこから駅前の喫煙スペースで「反省会」という名目で、上司の喫煙(僕はタバコは吸わない)が終わるのを待つ。

ちなみに本来の退勤時間は夜7時だったのだが、当たり前のように閉店まで店に立ち、その分はサービス残業だった。そして朝は10時から開店するのだが、ここでも「ミーティング」という名目のもと2時間前に集合。そして上司の朝ご飯に付き合わされた。

ちなみに僕のような契約代理店の人間というのは、とてつもなく立場が弱い。最弱と言ってもいいだろう。

なぜなら、「職場」は家電量販店から場所を「借りている」状態。さらには売る「商材」も通信キャリアから「借りている」状態。つまりは完全なる「よそ者」なのだ。ちなみに、こういう借りっぱなしのビジネスモデルを「協業事業」と呼ぶと教わった。

協業……つまり、他社の協力なくしては何もできない。だからとにかくボロクソに言われた。時には、店内での「立ち位置が悪い」というだけで「帰れ」と怒鳴られたこともあった。店の警備員ですら、僕らを虫ケラのように扱ってきた。人生で初めて、仕事上の立場において「底辺」になったような気がした。

そんな労働環境の中、うつ病を持っている僕が長続きするはずがない。数日して、上司に「もう無理です」と申告した。そこで初めて、自分が精神的にアレであることを告白した。それを言った時の上司の最初の一言が、記事タイトルの台詞だった。

ちなみに、その後上司の上司からも電話がかかってきた。めっちゃ怖い人だった。その上司からの電話の第一声が「よぅ、メンヘラ!話は聞いたぞ」だった。こういう事を申告するのは結構勇気がいることだったのだが、それすらもネタにされるような環境だった。

……あぁ、この業界で生きていくにはこのぐらい強靭なメンタリティが無いと無理なんだ。と悟り、その数日後に別の上司に相談して退職手続きをした。

あの頃は「人のことメンヘラ呼ばわりしやがって!」と腹が立ったものだが、この時に素直に「自分はメンヘラだ」という事実を受け入れ、現在のように生活保護を受けながらでも療養するという行動を取れば良かったのだろう。

しかし、その頃はまだここまで酷くなるとは思っておらず、この後ズルズルと仕事に就いては辞めを繰り返していくことになっていく。あの時に無駄なプライドを捨てていれば……と、悔やむこともしばしばだ。

精神的疾患は、治療が早ければ早いほど治るのも早くなると思っている。僕は結局5〜6年ほどきちんとした治療をせずに来てしまった。ここから寛解させるには、数年単位での療養を覚悟していかなければならないだろう。

すべては僕の自業自得なのだが、迅速な治療が最善の方法なのが確かなのは、これを読んでいる方々には肝に銘じておいていただきたいと思う。 

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